【書評】プラクティスを活かすために「問い」続けよう。「みんなでアジャイル〜変化に対応できる顧客中心主義組織のつくりかた」
CX事業本部の阿部です。
翻訳レビューに参加した本の内容がよかったので、一足先にブログでおすすめしたいと思います。
みんなでアジャイル ―変化に対応できる顧客中心組織のつくりかた
どんな本?
原題は「Agile for Everybody」です。 「みんなの」とか「みんなのため」にしてしまいたい原題ですが、本文を読むと「みんなで」という訳以外にあり得ないな、と感じます。
これは、本書のトピックの中心になる部分です。 変化の激しい環境の中で顧客価値に向かうためには、アジャイルをソフトウェア開発だけのものとして捉えることはできません。 価値のあるものをどうやってデリバリーし続ければ良いかを、組織全体(マーケティングやセールス、管理者など)で考える必要があります。 その時、アジャイルは誰かのために準備されたものではなく、自分たちで作っていくプロセスであることを意味します。 それは、推薦の言葉を寄せている人たちに社会福祉財団や警察組織、会計事務所など、明確にプロダクトを持っているわけではない組織に所属している人が多いことにも現れているでしょう。
そして、そのために達成したい組織文化として以下の3点をあげ、それに近づくためにどうすれば良いかを扱っているのが本書です。
- 自己組織化
- 創発的な開発
- 変化に対してすばやく柔軟に対応
ただ、その考え方自体は良いことだけども、それに近づくためのステップがわかりづらい(遠すぎる)ことも事実。 私も含めてですが、現場ではいろんな力が働いていて、課題も様々です。 それに悲観することなく、どのようにアクションを起こしていくべきか書かれていることも本書の良いところだと思います。
アジャイルは「ムーブメント」である
アジャイルソフトウェア開発宣言が出されてから20年近くが経ちました。 その間、アジャイルに関しては様々な議論がなされ、事例も数多く発信されるようになりました。 現在では、他の組織やチームが「どのように」取り組んできたか、を探すのにさほど苦労はしないでしょう。
しかし、それは同時に「手法としてのアジャイルの危険性」を孕んでいます。 特定のフレームワークに従うことは、それがもたらす結果に目を瞑り、従っていることを良しとするマインドセットを醸成することがあります。 その時、このマインドセットは、それを阻害したり話が通じない状況や相手に対して「自分たちとは違う相手」に仕立て上げることで言い訳めいたリアクションの原因ともなります。
しかし、組織の課題は一様ではなく、同じ課題に対して違うアプローチをすることもよくある話です。 残念ながら、それに言い訳をし続けているだけでは何も変化は起こせません。 語ることは重要ですが、語るだけではなく行動を起こすために必要なものは何でしょうか? それは、まず「どの課題を解決したいか」「何を顧客に提供したいか」という本質的な問いから始めることです。 その行動が、誰かの解決方法と同じかどうかはさほど重要な点ではありません。
本書では、アジャイルを「ムーブメント」であったと位置付けています。 プロセスを定義することよりも、アジャイル開発宣言でも出されていた価値観に対して、様々な組織や現場で発生する課題へどう取り組んでいくか、その結果として共有できるプラクティスが仕上がっていった一種の社会運動的なものであるという意味です。 このムーブメントの中心は人と文化であり、プロセスはこの文化を共有しながら一緒に働く人たちが生み出すものなのです。
重要なトピック
さて、ここで本書を構成する二つの重要なトピックを取り上げておきます。
組織重力の3つの法則
「従来の仕事の仕方」に人を繋ぎ止めておく力です。 組織が何かを変えようと志向した時に、それを妨げる方向に働きます。
- 組織の個人は、日々の責任ややる気を伴わない場合、顧客対応を避ける
- 組織の個人は、自分のチームやサイロの居心地のよさのなかでいちばん簡単に完了できる仕事を優先する
- 進行中のプロジェクトは、プロジェクトを承認した最上位者の決定がない限りは続く
本書が定義するアジャイルとは
上記の組織重力の3つの法則は人が集まると自然と発生するので、意識的に脱するためのアクションを起こす必要があります。 本書が定義するアジャイルは、このアクションに繋がるためにそれぞれどういう価値観を掲げるのかという定義をしています。
- 顧客から始めるのがアジャイル
- 早期から頻繁にコラボレーションするのがアジャイル
- 不確実性を計画するのがアジャイル
本書の良いところ
本書を読んでいて感じるところは、構成が良いので理解が早いところです。 原則をベースに、どのようなアクションで近づいていけば良いかが具体例を伴って書かれています。
以下、箇条書きになりますが、良いところを並べてみます。
- 各章に「良い方向に進んでいる兆候」「悪い方向に進んでいる兆候」が書かれている
- 「悪い方向に進んでいる兆候」に合わせて、それに気づいたらどう良くしていくかのアクションのヒントが書かれている
- 様々なチーム(マーケティングやセールスなど)ごとに素早く実践する方法(例)が書かれている
- アジャイルにしていくための自分のためのステップを記載するプレイブックがあるのが良い
「問い」がもたらすもの
本書では、到達したい本質が何なのか頻繁に問いかけられます。 これは非常にシビアな問いです。 「教科書通りにやっています」と言うことのできるある種の気楽さに対する自制心を求められます。 しかし、この問いに答えようと考えていくことで、言い訳をすることなく、現段階でできていないことを受け入れ、アクションを起こす動機をえることができます。 その時、様々なプラクティスが、どのような意味をもち、何を明らかにしてどのようなアクションに繋げようとしていたか理解できるようになるのではないでしょうか。
まとめ
翻訳レビューしている最中から良い本だと感じていましたので、早くブログでおすすめしたくてウズウズしていました。 このような本の出版に末席でも参加できて、良い経験をしたと感じています。
私は、良い本は、本質と現状に寄り添ってくれるものであると思っています。 本書は様々な現場で起こりうる状況を否定せず、それでも何かアクションを起こしたい人のために寄り添ってくれる本であると感じました。
アジャイルを導入したいけど、組織が、上司が、と思っている方、ぜひこの本を読んでみてください。
クライアントと一緒に顧客価値を追求したいと思ってる当部門の人も読むといいんじゃないのかな、とも思いました。